〜SAJ〜 Stepfamily Association of Japan

子連れ再婚家族のための支援団体

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岡田 光世氏

「アメリカの家族」著者
岡田 光世 さん



新しい絆を求めて------再婚家族
私は長年アメリカに住み、この数年間は「アメリカの家族」(岩波新書、2000年)の執筆のために、さまざまな形態の家族の人たちと会い、話す機会に恵まれました。この本では、生殖技術や養子縁組で子どもを授かった人たち、パートナーと一緒に子どもを育てている同性愛者たち、シングル、離婚家族、そして再婚家族が、いかに絆を育てていくかをルポしました。第五章は「新しい絆を求めて――再婚家族」です。

全米ステップファミリー協会(SAA)の推定によると、アメリカ人の半分以上が、人生のどこかで再婚家族に属しています。夫婦の半数が離婚し、離婚経験者の75%が再婚するわけですから、再婚家族はとても一般 的な家族形態になっています。

私は数多くの家族を取材しましたが、取材に応じてくれる家族を見つけるのが最も困難だったのは、同性愛者のカップルでもなければ、生殖技術で子どもを授かった人たちでもなく、再婚家族でした。それは拙著「アメリカの家族」でも触れたように、再婚家庭が他のどの形態の家族よりももろく、壊れやすいことの現れとも言えるでしょう。

離婚や死別により片親が欠けていたけれど、再婚することでまた元のように両親の揃った家族になれる、パートナーが得られて精神的にも経済的にも楽になる、とハッピーエンドを期待します。ところが、異なる価値観、歴史を持つ二つの家族が、一つ屋根の下で暮らしていくのは、そう容易いことではありません。

子どもがいる場合、とくにストレスは大きくなります。例えば、子どもが母親に引き取られ、その母親が再婚すれば、継父と一緒に住むことになります。子どもは母親を継父に取られたような気がしますし、継父は実の父親の座を奪う邪魔者以外の何者でもないのです。継父を受け入れることは、両親が再び一緒にならないと認めることになり、実の父親に対する背信行為のように感じてしまう場合も多いのです。

再婚の離婚率は60%、つまり5組に3組は破綻しています。これは再婚家族の難しさを物語っているといえます。でも、それだからこそ、家族に絆を深めようと人々は意識的に努力しています。そして、人として成長し、より成熟した関係を築くことができるとも言えるのでしょう。再婚は結婚後5年以上たつと初婚よりも安定するという研究結果 もあります。

再婚が日常茶飯事になっているにも関わらず、アメリカでさえ、こうした家族の実態はなかなか理解されてきませんでした。シンデレラなどの影響で、"継母は意地悪"というイメージも色濃く残っています。

それでも、再婚家族についての研究が進んでいるのは、やはりアメリカです。アメリカの夫婦、親子関係をすべてそのまま日本に当てはめることはできなくとも、子どもたちの複雑な思い、家族が直面 する問題など、共通点はかなりあります。再婚家族の場合、親子の関係の方が、パートナー同士の関係より歴史が長く、絆も強いわけです。お互いに精神的なより所を求めていたケースも多いため、子どもたちは継父(または継母)に警戒心、危機感を抱きがちです。子どもたちとの関係は、焦らず、ゆっくり時間をかけて築いていくことです。


「絆を深めていった家族」
葛藤を乗り越え、絆を深めていった家族について、拙著で具体的にルポしましたが、二コールのケースを少しだけ紹介したいと思います。二コールが10歳の時、母親は家を出ていき、彼女と弟は父親に引き取られまし た。母親は再婚し、5歳の男の子がいます。父親は10歳年下の27歳のスーザンと再婚しました。母親が出て行ってからというもの、二コールは「一家の女主人」として、父親と弟の身の回りの世話をしていました。そこへスーザンがやってきたのです。

スーザンがいくら愛情を注いでも、「あんたは私たちの母親じゃないのよ」といった言葉が子どもたちから返ってきました。スーザン自身、子どもの頃、両親が離婚し、母親は再婚。継父の家で一緒に住んだ経験があったので、二コールの気持ちは痛いほどわかっているつもりでした。

「子どもに傷つけられるたびに、相手は子どもなんだからと自分に言い聞かせてきた。子どもを疎ましく思うなんて恥ずかしいと思ったり、うまくやっていけない自分が情けなかったり。すべてわかっていて再婚家庭に足を踏み入れたはずなのに・・・」とスーザンは私に話しました。

二コールも、スーザンの気持ちはよくわかっていました。今、19歳になったニコールは私にこう言いました。「弟が「あんたは俺の母親じゃないんだよ」と言ったとき、スーザンは「わかっているわ。あなたのお母さんではないのよ」と言って泣いていたわ。弟がああ言ったとき、疎外感を感じ、この家で歓迎されていないと思ったでしょうね。スーザンを傷つけたくなかったから、母がいなくてさびしいとは言えなかった。気持ちを素直に表現できずに、逆にスーザンに辛くあたってしまったこともあった。スーザンが私達と父の間に入り込んでくるみたいで、嫌だったの」。

でも、祖母が亡くなったとき、泣きじゃくる二コールをずっと思い切り抱きしめてくれたのは、スーザンでした。腹痛がひどくて思わず泣いてしまったときも、二コールが眠りに落ちるまで手を握ってくれていたのは、スーザンでした。ボーイフレンドと喧嘩をしたときには、心配したスーザンが、母親と電話で話し込んでいました。二コールの高校の卒業式には、両親とスーザンが出席しました。母親がスーザンに歩み寄り、言いました。「いつもニコールのそばにいてくれて、ありがとう」。思わぬ 言葉に一瞬、戸惑いましたが、スーザンも答えました。「こちらこそ、ありがとう」。

二人の母親はどちらからともなく抱き合いました。二人とも泣いていました。傍らで母親たちを見守るニコールの目にも、涙が光っていました。


再婚家族は失ったところから始まる家族です
再婚家庭を成功させるためのキーワードは、「時」と「許し」と相手に対する「敬意」でしょう。時間をかけ、相手を許し、自分を許し、そして相手に敬意を払い、家族になっていくのです。それぞれが、家族の中で居場所を見つけていくのです。

ある意味で、再婚家族は失ったところから始まる家族です。アメリカでは、離婚、再婚後も、親子の関係は継続させた方が子どもの成長にとってプラスであるという認識に立っていますが、それでも以前とは違います。親はパートナーを失い、子どもは片親を失ったわけです。再婚家庭の人たちは失ったものがあるから、「痛み」を知っています。そして、複雑な人間関係で家族が成り立っているため、理解し合おうと意識的に努力しようとします。

過去の家族関係から逃れ、メンバーを替えて新たな家族を築けば、親密さを手に入れられるわけではありません。再婚家庭には独自の問題がありますが、結局は、どんな人間関係においても、まず自分をよく知り、相手をよく知る必要があります。

どんな形の家族でも、問題のない家族はありません。しかし、大切なことは、その問題が何かということより、それをどう捉え、どう乗り越えていくかでしょう。そして、幸せとは何を手に入れるかということより、何をどう捉え、どう生きていくかなのでしょう。

縁があったから、新たな家族になったのです。出会いは、決して偶然ではないと思います。選び取った家族にはそれなりのリスクも責任も伴いますが、その分、家族になっていく喜びも大きいはずです。

血のつながりを越えて家族になっていくためには、励まし合い、情報交換ができる場は不可欠です。SAJは日本の再婚家族にとって大きな支えとなるはずです。

※肩書きは2001年投稿当時のものです

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加藤 直一氏

NHK報道局ディレクター(当時)
加藤 直一 さん



アメリカの新たな家族・ステップファミリー
1999年、放映されたアメリカの映画「グットナイト・ムーン」。ジュリア・ロバーツ演じるキャリアウーマンのイザベルが二人の子供を持つ年上の恋人ルークと暮し始める。仕事と家事・育児の両立に努力するものの子供達はなついてくれず、ルークの先妻ジャッキーとは子育てを巡って対立。ジャッキーの病気の再発をきっかけに、二人の母の関係や親子関係は転機を迎え、ラストのクリスマスのシーンでは一人の父と二人の母、そして2人の子供が一枚の家族写真におさまるというストーリー。

この映画の元のタイトルは「STEPMOM」、アメリカで主流になりつつあるステップファミリーが抱える問題を見据えようとしたものでした。“見据えようとしたもの”という表現を敢えて使ったのは、この映画は最終的に問題の本質に踏み込むことを避けたように私には思えたからです。

その理由は、ステップマザーのイザベルと先妻ジャッキーの関係、イザベルと夫の連れ子たちの関係が改善されて行くきっかけを、先妻ジャッキーの病気の再発、死の予感においている点にあります。私が取材した限りですが、アメリカのステップファミリーの抱える問題の多くは、離婚によって子供と離れて暮すようになった親が健在で、しかもその親も子供も双方の繋がりを断ち切れない、断ち切らないことから生じているケースが実に多いからです。

想像して見てください。離婚した男と女がその後、それぞれに他の相手と再婚します。そして子供は定期的に離れて暮すようになった親を訪問します。その親が子供を連れた相手と再婚していれば、訪問した家庭には親が再婚した相手がいて、しかも血の繋がらない兄弟がいます。多くの場合離婚後子供を引き取るのは母親ですから、子供は定期的に父親の新たな家庭を訪問し、そこでステップマザーに会い、ステップチルドレンと交流することになります。子供は血の繋がった父親が実の母親以外の女性と仲良くしていたり、再婚相手の連れ子に愛情をかけているのを目の当たりにします。また、二つの家庭があれば、それぞれに習慣やしつけの仕方は異なります。一方の家では許されることが、もう一つの家庭では許されないこともあります。子供は使い分けを余儀なくされます。

一方、子供を迎える再婚家庭。母親はなんとか自分の連れ子が再婚した夫に馴染んで欲しいと努力を重ねています。夫は血の繋がらない子供との関係を築こうと頑張っています。しかし、夫にはその一方で、実の子供との関係も大切にしたいという思いがあります。実際に夫の実の子供がその家庭に入って来たらどうなるでしょう。母親は血の繋がらない子供にどう接触したら良いのか悩みます。自分の実の子供との関係も気がかりです。子供は、新たな父親や実の母親がその子にどう接するか見ていますし、兄弟としてどう関係を作れば良いのか戸惑います。さらにこうした子供も定期的に離れて暮す実の父親の家庭に通っているケースも少なくありません。再婚が一度だけならまだ良い方です。何度も再婚すればこうした関係は一層複雑になります。

ステップファミリーは「Blended Family」「Extended Family」とも呼ばれますが、それは男と女の離婚と再婚によってカップルの関係は壊れても、親子関係は壊さない(壊せない)ために、子供を中心に家族が無限に広がって行く新たな家族の形だからです。ひと昔前の再婚は、その前に存在していた家庭を「ないこと」にして新たな再婚家庭を作りました。その再婚家庭は継父や継母が血の繋がった父親や母親にとって代わるものでした。しかし、アメリカのステップファミリーの最前線は、そうではありません。前の家庭との関係は断ち切らないのです。何人もの父親や母親の間を行き来する子供、何人も子供を抱え関係を築こうと模索する親、アメリカのステップファミリーはこうしたネットワーク家族なのです。

夫婦の二組の一組が離婚し、その70%が3年以内に再婚するアメリカ。18歳以下の子供の実に40%はこうしたステップファミリーの中で暮していると言われています。さらに21世紀にはステップファミリーが家族の主流になると見られています。


ステップファミリーを支える「SAA」
サンフランシスコ。ゴールデン・ゲイト・ブリッジを車で渡ってさらに1時間、まばゆいばかりの日光が燦燦と降り注ぐ家で二人は暮しています。アメリカ・ステップファミリー協会の設立者、ジョーン・ビッシャーさんとエミリー・ビッシャーさん夫妻です。二人とも既に80歳を超えていますが、机を並べ今もステップファミリーに関する本の執筆などを精力的に手がけています。

ビッシャー夫妻がアメリカ・ステップファミリー協会(Stepfamily Association ofAmerica 通称SAA)を設立したのは1979年、上昇していた離婚率が50%に達した翌年のことでした。実は二人は1959年、互いに4人の子供を連れて再婚したステップファミリーの草分けでした。それから20年、子供が独立したのをきっかけにそれまでの経験が世の中のステップファミリーに役立てばと協会を設立、支援に乗り出したのです。現在SAAは全米60箇所以上の支部の他、カナダやオーストラリアなどの支部とも連携する、全米最大の組織になっています。

SAAはステップファミリーの何を支援しているのか。SAAの活動の狙いは主に二つあります。この二つはとりもなおさず、ステップファミリーが抱える問題そのものです。一つ目は、血の繋がらない親子、兄弟、姉妹が共に暮したり、定期的に家族の構成メンバーが入れ替わることから生じる様々な問題をどう解決するか、その糸口を探る活動です。

SAAでは各支部ごとにステップファミリー同士で互いにアドバイスをし合う支部ミーティングを最も大切にしています。週に一度、2週間に一度というように回数は支部によって異なりますが、ステップファミリーで暮す親同士がそれぞれの悩みを打ち明けたり、アドバイスをし合うミーティングです。自分の家族が抱える課題を他の家族と率直に語り合い自分達で解決策を見出して行くこの方法をSAAでは「セルフ・ヘルプ」と呼んでいます。  

ビッシャー夫妻の言葉です。「それぞれに家族構成や年齢、状況が異なるステップファミリーについて、全てを解決する画期的な処方箋はないのです。それぞれが施行錯誤を繰り返して行くより他に道はないのです。自分の家族に欠けている部分を知り自分達で解決の糸口を見つけ出してこそ、地に足のついた強い家族になれるのです。」  

しかし、実際に取材した支部のミーティングは、私にとっては、すさまじいものでした。40代の女性は「1歳から引きとって一緒に暮しているのに、今も私のことを母親として受け入れてくれない」と涙ながらに告白しました。30代の男性は「普段先妻の元で子供が暮しているが母親は家を空けて遊んでばかりいる、子供を引き取りたいが先妻はそれは拒否するどうしたら良いか」と苦境を打ち明けていました。さらに30代の女性は「一緒に暮す実の子供が先夫に新しいスニーカーを買ってもらい帰って来た、そのことで一緒に暮している子供同士が大喧嘩した、同じモノを買っても子供の怒りはおさまらないどうしたら…」と相談しました。

ステップファミリーがそれぞれに抱えている問題が、堰を切ったように噴出するミーティング、こうした親に対してビッシャー夫妻の言葉は一見冷たいたいように思え、改めてビッシャー夫妻に尋ねたところ、こういう答えが返ってきました。

「血の繋がった家庭でも問題は山ほどあります。血の繋がった家庭はそれを他人に見せないだけです。何も問題のない無菌状態の家庭はないのですが、平穏な家庭を装っているだけなのです。家族の絆は血が繋がっていることや、一緒に暮していることで結ばれるものではありません。家族の絆は親も子供も互いにぶつかり合いながら努力して育んで行くものではないでしょうか。夫婦と同じです。ステップファミリーは、血が繋がっていない分だけ、そのことの難しさに直面 しているだけなのです。」

SAAの活動、二つ目の柱は社会の偏見との闘いです。日本と同様にアメリカでも、「一度結婚した夫婦は生涯添い遂げるもので、離婚は悪いことだ」という常識が根強く残っています。ビッシャー夫妻が離婚し、再婚した時期は正にその考え方が最も強い時期でした。二人は「あの家は再婚家庭よ、子供達はみな連れ子よ」といった陰口を何度も耳にしたといいます。また、再婚家族の親や子供自身が後ろめたい思いを持ち、自分の新しい家族を否定的に捉えているケースも多かったといいます。こうした風潮は今も決してなくなったわけではありません。

「初婚のまま生涯を終えられれば、それにこしたことはないのかも知れません。ですが、そういかない場合もあります。そうした時に、社会から偏見の目で見られ、また自分たち自身も後ろめたい思いを抱き続けなければいけないというのは間違っているのではないでしょうか。」ビッシャー夫妻は、こう語ってくれました。SAAは、私たちがいつのまにか当たり前だとイメージしてしまっている「理想的な家族像」から解放されることを願って、社会への働きかけを活動の大きな柱の一つにしているわけです。  

1999年、全米50州のうち、多くの州が9月16日を「全米ステップファミリー・デイ」と定めました。SAAではこの日を記念して、各支部ごとにステップファミリー同士が集まり、ピクニックなどのイベントを行っています。ステップファミリーの存在は新たな家族の形として、アメリカ社会に少しずつ受け入れられはじめています。1999年は、SAAが設立して20年目、ビッシャー夫妻が再婚して40年目に当たります。


日本の家族・その特徴と変遷
20世紀、家族の形は大きく変容してきました。それは産業構造の変化や個人の欲望の実現と大きく関係しています。農業が主体だった時代、祖父や祖母、兄弟の家族まで一緒に暮すケースが少なくありませんでした。働き手も必要でしたから子供も多く生みました。しかし、こうした大家族は戦後急速に減り、変わって核家族が家族の主流になります。夫はサラリーマンとして家から離れた会社に出勤、妻は家で家事と育児に専念する専業主婦になりました。「誰のおかげで飯が食えると思っているんだ…」父親は事あるごとにそう言い、威厳を誇示しました。妻は子供が出きると同時に女性ではなく母親になりました。美しくて優しい、料理が上手でいつも清潔、家事や育児の全て担い家庭を切り盛りする理想の母親。アメリカから世界の先進国を中心に広がって行ったこの新しい家族の形は、戦後の復興を急いでいた日本でも急速に広がっていきました。  

日本でも放送された「パパは何でも知っている」や「ビーバーちゃん」「大草原の小さな家」…といったアメリカのホームドラマを思い出してください。今日私たちが自然にイメージする家族像はこうしたドラマで描かれた核家族の姿と、そうは違わないと思います。核家族の特徴は、夫や妻、父親や母親の役割、社会学の言葉で言いますと性役割分業が固定化した家族です。この核家族の形が理想とされ、いわば神話のように人々の間に急速に広がっていったのです。この核家族が日本の高度経済成長を牽引させたという事実は否定できません。サラリーマンの家庭にとって多くの子供は必要ありません。2~3人いれば十分でした。夫の給料はその分、消費に使われるようになります。新しい冷蔵庫、テレビ、車、家族旅行、子供の教育費…、内需は拡大の一途を辿り、日本は豊かさへの道を突き進んで行きました。

「核家族は実は大きな問題を内包しているのではないか…」。そのことがはじめて注目されるようになったのは、1970年代の末でした。金属バット事件など家庭内暴力や校内暴力の事件が堰を切ったように起きました。ゴールデンタイムのホームドラマでも“家族の崩壊”が取り上げられて行きます。1979年に放映された「岸辺のアルバム」は幸せに見える家族の夫婦や親子の間にきしみが生じていることを問いかけた作品でした。1983年の「積み木くずし」は俳優の穂積隆信氏の体験を元に家族崩壊のひとつの断面を捉えたドラマでした。それからほぼ20年、繰り返し家族の異変は取り上げられました。しかし、一般的には家族はプライベートな領域とされ、家族の変化や抱える問題を他人に話すことは恥、一種のタブーでした。夫は働き蜂として会社に尽くし、妻は母親として一手にその問題を引き受け続けました。「家だけは大丈夫…」戦後広がった“家族の神話”を問い直し、自らの家族を積極的に作って行こうという試みは、それぞれの家庭のレベルまでは広がりませんでした。    

しかし、家族は実際には60年代半ばから急速に変化を続けていました。最も大きなきっかけは、女性の意識改革、社会進出です。戦後生れた子供達は、兄弟が2~3人だった分、十分な教育を受けられる機会を得ました。男女平等の教育を受け、男性に限らず女性の大学進学率も急増し、社会で働き手として活躍する機会も徐々にではありますが、増えて行きました。核家族は性役割分業が固定化した家族です。母親が働きに出るとその骨格が崩れます。共働きの妻は多くが、「同じように働いているのに帰宅後も家事や育児をするのは何故私だけなの…」と疑問を抱きながらも懸命に仕事と家庭の両立を心がけています。しかし、その一方で「こんな男とは離婚した方が良い…」という決断をする女性も増えて行きました。性役割分業が固定化した家族神話から逃れられない夫・父親、みるみるうちに意識を変え社会進出をして行く妻・母親、その意識のズレが離婚の急増という結果を生み出して行った言われています。60年代から増えはじめた日本の離婚率は80年代後半のバブルの時期一旦減少しますが、その後90年代に入って再び急増しました。1999年の日本の離婚件数は過去最高の25万538組。結婚20年以上、子供の独立をきっかけに妻が夫に“三行半”をつきつけることの多いいわゆる「熟年離婚」に加え、結婚5年未満で幼児を抱えながら離婚するケースも目だって増えています。

高視聴率を誇るドラマ「渡る世間は鬼ばかり」はこうした日本の家族の変化を見事に映し出しています。5人の姉妹を中心に枝葉のように様々な家族の形やその課題を描くこのドラマでも離婚や再婚、血の繋がらない子供を抱えるステップファミリーが取り上げられるようになりました。結婚しない若者の急増(晩婚化)、それに伴う少子化が叫ばれる一方で、これまで余り取り上げられることがなかった再婚家族という新たな家族の形が確実に日本でも増え続けているのです。


父親が新たな家族をひらく
2000年9月、インターネットを通じて出会った3人の父親が作ったホームページ「ファーザーズ・サイト」。アクセス件数は1日数百件に上ると言います。寄せられるメールも少なくありません。他人に打ち明けられずに一人で悩んでいた全国の父親が、それぞれの気持ちを率直に語り合い始めたのです。「元妻が子供達を連れて出て行って一年になりますが、今も子供がそばにいるような気がして昔の楽しかった思い出が浮かんでは消えという毎日です」「元の配偶者が再婚してから子供と会わせてもらえなくなってしましました。お父さんが死んだことにするのは子供のためでしょうか」(寄せられたメールより)

離婚後の共同親権が明文化されているアメリカと違って、日本の民法では夫婦共同で親権を持てるのは結婚中に限られます。離婚後は一方に決めなければなりません。アメリカでは離婚の条件は裁判で細かく取り決められますが、協議離婚が殆どの日本では養育費の支払い義務や面接権について明確に取り決めないのが一般的です。日本の裁判所は、「幼児は母親に育てられる方が良い」という“母親神話”や“3歳児神話”を根拠に90%の割合で親権を母親に認めると言います。この結果、1年に15万人の子供が親の離婚後、父親との接触を断たれているという現実があるそうです。

離婚しても実の子供の父親であり続けたい…。3人の父親がホームページを作ったのはその思いからでした。仕事を理由に家庭を省みなくなりがちな日本の父親たちが、今離婚をきっかけに家族や親子のあり方を問い直し始めたのです。「ファーザーズ・サイト」では養育費の支払いと別れた親が確実に子供に会う事が出きる面接権を「共同養育権」として法律に明記するよう呼びかけています。

日本で父親たちによるこうした動きが始まったのは、私の知る限りですが、この秋です。SAJ(Stepfamily association of Japan)が創設されることになった時期とほぼ同じです。家族神話や家父長制が根強く残り、“恥”、一種のタブーとされて、これまで余り語られることのなかった離婚や再婚家族の問題がインターネットの普及によって表面に出てきたのだと思います。

父親―企業戦士、母親―専業主婦という戦後普及した男と女の役割は父親にとっても満足できないものだったということではないでしょうか。そして、こうした父親たちの意識の変化は、日本の新たな家族を切り開こうとしています。女性の意識の変化、社会進出などをきっかけにして核家族の形は揺れ始め、離婚が急増しました。離婚が珍しくないものになろうとしている今、遅れ馳せながら父親が家族に回帰しようとしているのです。「実は仕事そのものへの情熱以上に企業社会のしがらみや社会的な役割に拘り過ぎていたのではないか…」父親たちは、家族を離れて企業社会に尽くしてきた自らの生き方に疑問を抱き、家族の大切さを本心から認識し始めているようです。不景気が続き政治や経済、会社組織を含めたあらゆる構造の再編が望まれる中、家族の構造改革が始まったと言っても過言ではないと思います。

「家族の絆は血が繋がっているから当然そこにあるものではなく、それぞれが育もうと努力を続けていかなくては築けないものだ…」離婚を経験し子供と離れて暮す父親や、ステップファミリーを作った父親たちはいち早くそのことに気づいたのではないでしょうか。この父親たちの意識の変化は今後、全ての男・父親に広がって行くものだと思います。

日本の男・父親の意識改革が男・父親のみならず家族や女・母親を解放し、女・母親のさらなる意識改革が女・母親ばかりでなく企業社会や男・父親までも解放する。21世紀、閉塞した企業社会を変えるのは女・母親、そして行き詰まった家族を変えるのは男・父親ではないでしょうか。

理由は様々ですが離婚が確実に増え、ステップファミリーが急速に広がり始めている日本。この現実は善し悪しの問題ではなく、20世紀末の日本に訪れた“時代のうねり”と解釈すべきだと私は思います。家族が単位だった時代から個が単位となる時代へ。「子供のために夫婦は憎み合い続けても離婚しない方が良い」という価値観は日本でももはや過去のものなろうとしているのです。

そしてこの抗し難い時代のうねりが今、日本の男と女に意識の改革を促しています。アメリカで1979年、ステップファミリーアソシエーションを創設したビッシャー夫妻の言葉、日本の男・父親と女・母親がその意味を自分自身に問い掛ける時期なのかも知れません。「家族の絆は親も子供も互いにぶつかり合いながら努力して育んで行くものではないでしょうか。夫婦と同じです。ステップファミリーは、血が繋がっていない分だけ、そのことの難しさに直面しているだけなのです」

※肩書きは2001年投稿当時のものです

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山崎 美貴子氏

新たな日本の家族支援に向けて

神奈川県立保健福祉大学
保健福祉学部長 教授
山崎 美貴子 先生



これまで、我が国の家族は、主に両親がそろった「一般」の家族か、母子、父子世帯か、といった形で語られることがほとんどでした。一見両親がそろっている「一般」の家族のなかに、ステップファミリーという家族形態があること、つまり、再婚などによって血の繋がらない親子関係が存在すること、また同居している両親の他に、別れた父母を持つ子どもたちがいること、血の繋がった、または繋がらないきょうだい関係が、再婚という事態によって、さまざまな形で発生していることに、まだ社会的な認知ができているとはいえない状況にあります。一方で、離婚率は増加の一途を辿っており、再婚によって新たな家族が生まれる事態は、決してめずらしいものではなくなってきています。これは、ちょうど今回来日されるSAAの創設者であるヴィッシャーご夫妻が再婚された1970年代のアメリカの状況と重なるところが多いのです。
今回、ヴィッシャー夫妻をお招きして、当時のアメリカの状況やそこからステップファミリーの支援組織をどのように築いてきたのか、当事者と専門家がどのように協力関係を作り、ステップファミリーの支援システムを具体的にどう提供してきたかについてのお話を伺い、日米のステップファミリーとその支援者の交流を図っていこうとする、SAJのこの試みは大変意義あるものと思います。この講演会をとおして、多くステップファミリーの方々の交流のきっかけが生まれ、専門家の方々のこの問題への認識が深まることで、21世紀の新たな我が国の家族支援のあり方に一石を投ずることになることを期待してやみません。


2001年11月3日 SAA代表マージョリー・エンゲルさんによる、当事者向け講演会 「ご挨拶」のスピーチより
みなさま、本日、こうしてステップファミリーの皆様方が集うことができることになったいきさつを振り返りますと、最初ご挨拶を頂きました春名さんはじめ、当事者の皆様方が「よし、こういうことをやってみよう」という決意をされたことが、大きなきっかけではないかと思います。今日、司会をして下さっているステップファミリーの皆様方のお力があると思います。

以前、わたくしは、「ジンジャーブレッド」というイギリスのシングルマザーの当事者組織を訪問したことがあります。ジンジャーブレッドとは、皆様、ご存知かもしれませんが、しょうがの入っているビスケットのことなのですが、このひとり親の活動を始めた代表の女性に、私はどうしても会いたいと思い、訪ねたわけです。それはロンドンのダウンタウンに近い所にあり、とても小さなオフィスでした。そこには、色々な人種、もちろん黒人の方も、ヒンズーの方も、いろんな方がおいでになっていました。そこで活動の中心になっている女性の方に初めて私が会ったのですけれど、「よく来たね」と言ってくださって、その方のおうちでディナーまでごちそうになりました。

その方はある日ご主人が、玄関の所に大きなかばんを置いておかれて、そして「僕は今日からこのうちを出ることにした」というふうにおっしゃったそうです。「どこに行くの?」「どうするの?」と尋ねても、「いや、もうこれ以上、僕はここで生活しないことに決めた」とおっしゃったそうです。そのお宅には、子どもさんが3人おられました。5歳と3歳と1歳の子どもさんでした。男の子ばかりでした。ご主人は、よくテレビでやっていますが、救急医療の最前線のお医者さんだったのですね。ご主人が多忙であるとは理解していても、彼女自身は、3人の男の子の育児に忙殺されていました。そして、ご主人が何を考えているのか、その日になるまでわからなかったし、出て行かれてもわからなかった。「なぜなの?」「なぜなの?」「なぜなの?」という疑問を抱えて最初の半年間は、血まなこになってご主人の行方を探したそうです。でもご主人がどこにいらっしゃるのか、わからない。そして彼女は、それから一種の鬱状態に入ったそうです。そして1年半たって、これまでの生活は全て失われ、彼女は今まで住んでいた家を手放して、ひとりで子どもさん3人を育てるために、日本で言う生活保護を受けることを決めたそうです。

そして、ひとりで3人の子どもさんを育て始める過程で、「私みたいな思いをしている人がおそらく、きっと、このロンドンの街にもたくさんいるだろう」と考えた彼女は、何人かに連絡をし始めた。すると、そういう方が10人ほどおられることがわかって、みんなで「ひとりひとりの悩み」じゃなくて、「みんなの悩み」にして、みんなでこれを発信していける組織にしようと考え始めたそうです。その結果「ジンジャーブレッド」という組織が、10年ほど前だと思うのですけれども創設され、そして今では、イギリスの中にたくさんのステップファミリー、ワンペアレントの方々の当事者グループが出来上がっていったそうです。

ジンジャーブレッドもSAJもそうですが、大事なことは、同じ立場に立っている人たちが、ばらばらに模索し築いてきた体験や情報をわかちあうことのできる組織を作ることだと思います。それから、春名さんがコロラドに飛び、アメリカのステップファミリー組織に出かけて行かれたように、組織間のネットワークを築いていくことではないでしょうか。

日本ではややもすると、子育ての問題、家族の問題は、例えば、虐待をされている子どもであっても、暴力を受けているお母さんであっても、例えば警察などに行って相談したとしても、「そんなことは、個人のことでしょ、家庭の中のことでしょ」と言われる傾向がありました。しかし、そのような時代はようやく終わろうとしています。やっと、子育ては社会の仕事、つまり家庭の中だけで考えることではないのだ、ご夫婦のいろいろな問題も、自分たちだけで考える時代ではなくなったのだ、という時代になってきました。

ところで「ワンペアレント」つまりひとり親という言葉も、実はそういう過程から生まれた言葉です。今から、30年近く前になりますね。1974年にイギリスで、家族福祉に関する有名な報告書が出ました。その中で、ワンペアレントという言葉が使用され、世界中にこの言葉が広がっていったのです。

なぜかというと、それまでは、ひとり親というと、変な話なのですが、欠損家庭とか崩壊家庭とか、ひどい人によっては片親家庭というふうに呼んでいました。これは、言葉そのものに負の価値をつけた表現です。つまり、両親家庭が普通の家庭、そしてひとり親になったり、それからステップファミリーになったりすると、普通の家庭じゃない、ちょっと違う、というふうに言われる。このちょっと違うというのが、実は非常に心を傷つけられます。

これからは、多様な家族の時代を迎えます。いろいろな家族が現実に存在する時代だと私は考え、これまでワンペアレントという考え方を、日本中に普及しようという運動をしてきました。そして、今は、東京都だけでなく、児童福祉法の改正後、全国でこのひとり親という言葉が定着することになりました。この間、およそ30年かかったのです。

さらに振り返ると、家族だからみんなが我慢しなければならない、家族の為に私達は自分を犠牲にするという時代が随分長かったと思います。でも今は違うと思います。ひとりひとり家族の中の関係、いろんな人がいろんな形で家族を大切にしていくというその時代に、私達は今立っているのだと思います。ある人は、それを「家族の個人化の時代」などというふうに言ったりしますが、家族がみんなで犠牲になりあうというのではなくて、家族の生活をみんなでクリエイトしていく、作っていく。

私はよく言うのですけれども、家族生活というのは実は問題解決のプロセス、過程なのだと思います。それぞれのステージ、子どもが生まれたら、あるいは新しい家族に出会ったら、というふうに、次々に子どもが成長する過程、それから夫が失業したり、妻が体を壊したり、いろいろなことが家族生活の中で起こります。それをいろいろな形でみんなで協力しあってやっていく上で、時には協力できないという現実もあります。

ですから、情報を共有したり、同じ目線で同じように横に並んで歩ける仲間たちの中で、これは個人のことではない、一緒のことなのだということを考えて、こういう組織を立ち上げる努力をされました春名さんをはじめ、皆様方の力をとても大切にしたいと思います。

SAJの活動の柱には、当事者間の交流の場を作って、みんなで心を開いて安心して話し合える機会を作っていこうということ、もうひとつ、先ほどちょっとご紹介がありましたけれども、当事者と専門家と言われる人々が一緒にプログラムを考えたり、調査研究を実施すること、あるいは児童や家庭問題に関わるソーシャルワーカーやサイコロジスト(心理専門職)の人々との合同の会議の開催を図っていくという活動などがあります。そして、その次に大事なこととしては、ステップファミリーに関して、こういうサービスがあったらいいとか、こういう支援策があったらいいとかいう具体的な提案を、みんなで声を合わせて社会に発信していくことがあります。

先進国のアメリカでは、3人に1人がひとり親、あるいはステップファミリーを形成していると言われています。このことの持つ意味は重要です。スウェ-デンの場合には、家族法が実は3つあります。ひとつは、日本と同じように、婚姻という関係によって作られた家族法です。ふたつめは、コ・ハビテーション(同棲)という事実婚によって結婚した場合も、婚姻と同じような役割と資格、そして権利を保有できるという家族法です。そしてさらに、私達は女の人同士、男の人同士を夫婦とはなかなか思えないのですが、そういうホモセクシャルな夫婦の場合も、それを家族とみなす家族法があります。

多様な家族というものを、私達が承認する社会に向けて歩んで行く時、権利の問題で、夫婦別姓でさえもなかなか社会的に承認されない日本の中では、やはりまだまだいろいろな障壁があります。今度のいろいろな家族に関する法律の改正の動きもありますけれども、なかなかすぐには前には進まない部分もあるでしょう。

そうした障壁を一つ一つ越えるために、一緒に勉強したり、学んだりする機会、そして何よりも、夜中に小さな声で「あのさぁ」と言ってお電話できる同じような悩みを持っている仲間との、今日と明日との2日間のみですけれども、いい出会いがあったらいいと思います。幸い、ステップファミリーとしての様々な経験をお持ちのマージョリーさんを今日、お迎えしておりますので、ここでそのお話を伺いながら、学びあう機会になったらいいと思います。

どうもありがとうございました。

※肩書きは2001年投稿当時のものです

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茨木 尚子氏

SAJの誕生とこれからの発展に向けて

明治学院大学社会学部助教授
茨木 尚子 先生



まず私の自己紹介から。私は現在、大学の社会学部社会福祉学科の教員をしています。専門領域は、障害者福祉と社会福祉サービスを提供する組織の運営管理研究です。
こんな私がなぜステップファミリーのこの会と出会ったのでしょうか。

それは昨年の冬のことでした。社会学部の共同プロジェクト研究でご一緒している野沢先生から「ステップファミリーって日本の社会福祉の世界ではだれが研究しているのですか。」と尋ねられました。ちょうど春名ひろこさんからEメールを野沢先生がもらった直後だったと思います。「ステップファミリー??日本の福祉だと、母子世帯、父子世帯の支援というのはあるけれど・・。そういえばぜんぜん聴いたことないです。」と情けない答えをしたように思うのです。そして、先生に教えていただいた春名ひろこさんの作ったSAJのホームページをそれからしばらくして見て、とても感激したのを覚えています。ステップファミリーとなり、ステップマザーとなった一人の女性が、悩みつつ、いろいろな所とつながっていき、日本には必要な支援がないとわかると、遥かアメリカのSAAにインターネットを通 してつながっていく。そしてそこで必要な情報と支援を得て、日本に自分たちの力でステップファミリーの当事者組織を立ち上げようとしている、そのプロセスをインターネットという新しいコミュニケーションメディアを通 じて、今私が目の当たりにしていることに、素直に感動を覚えました。

これまで私は障害をもった人たちの当事者組織にかかわる研究をしてきました。障害者の自立生活運動には「障害をもつ当事者こそがこの問題の主人公であり、専門家である」ということばがあります。自分たち自身が障害をもって地域で暮らす中から得た知識や技術を次の世代の障害者たちに伝えていく「PEER(仲間)カウンセリング」や「自立生活プログラム」は、「障害者のリハビリテーションは医師や専門的な訓練士がやるものだ」という従来の考え方に大きな変革を起こしました。
このような考え方は、ステップファミリーの支援にもつながるように思います。社会福祉サービスというものは、医療サービスとは違って、専門家が提供する支援だけでは成り立ちません。まずは、問題をかかえる当事者と、それをわかちあう仲間たちがいること、そしてそれを理解する隣人や地域の人たちがいること、そしてそこに必要に応じて専門家たちがいて適切な支援をすること、これが重要なのだと思います。
アメリカには問題の数だけ当事者組織(セルフ ヘルプ グループ)があるといわれ、それが実に魅力的で活発な活動を展開しています。日本でも、たくさんの組織が生まれてはいるのですが、なかなか必要な人たちにその情報が伝わらなかったり、せっかく生まれた組織がうまく発展していかなかったりすることが多いように思います。
ステップファミリーという日本ではまだ新しい家族形態とそのメンバーたちが、お互いの存在を認め、さまざまな喜びや課題をわかちあう、そんな当事者組織があり、多くのステップファミリーたちがその存在を知り、必要に応じてつながっていけるようになることができること、それが今求められているように思います。

「ステップファミリーという家族の存在を社会にもっと知ってもらいたい」「ステップファミリーのもつ問題だけでなく、この家族の良さもわかってほしい」「本当に具体的に役立つアドバイスや相談相手がほしい」・・。この春お会いしたとき、春名ひろこさんが言った言葉です。
SAJという組織にこれからどんな人たちが参加し、どんな形で発展していくのか、その中で春名ひろこさんの言った願いがどう実現していくのか、とても楽しみです。そしてこういった組織の発展にどういう形で私たちがお役にたつことができるのかは、本当に悩むところですが、まずはこれまで当事者活動にかかわってきた経験やそこから得た運営の知恵などを提供できたらと考えています。
インターネットなどの新しいメディアを通 して交流が始まったステップファミリーたちが、どんな活動をこれから展開していくのか、一緒に考えながら、じっくり拝見させていただきたいなと思っています。

※肩書きは2001年投稿当時のものです

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村本 邦子氏

SAJ、SAAとの出会いとこれから

女性ライフサイクル研究所所長
立命館大学特別任用教授:臨床心理学
村本 邦子 先生



大阪に、女性を対象とした援助・研究機関である女性ライフサイクル研究所を立ち上げて、12年になります。その間、子どもの虐待、女性への暴力などを中心に、治療、予防啓発活動、調査、研究などに取り組んできました。今でこそ、日本の社会も変わりましたが、90年代前半には、トラウマという言葉すらなく、臨床心理や精神医学の専門家養成の過程に、トラウマ被害者の援助についての知識はありませんでした。それでも、実際に援助を必要としている女性たちが大勢いましたので、彼女たちとともに学び、試行錯誤のなかで援助を提供し、社会啓発を行ってきました。これらの経験から、私が確信していることは、日本の社会は、まずは、当事者が動かなければ、変わらない、当事者が動き、社会に働きかけ、支援の必要性が理解されるようになると、最後に、やっと、行政と専門家が動くということです。

SAJと出会ったとき、ああ、ようやく、日本も、新しい家族の形態を積極的に受け入れ、アピールしていく時代がきたのだと嬉しく思いました。ステップ・ファミリーという家族形態は、ずっと以前からありましたが、パートナーシップや家族の成員ひとりひとりを大切にするものと言うよりは、家制度を継続するためのものでした。その後、離婚、再婚の増加とともに、新しい形のステップ・ファミリーは増えていきますが、根強い偏見もあり、どちらかと言えば、それは、隠されるべきものでした。そのため、一般の家族とは、また違った課題を抱えるステップ・ファミリーは、孤立したまま、問題を抱え込み、こじらせ、再び、解体してしまったり、家族内の誰かが犠牲になったりというようなことがあったように思います。とくに、大人たちの都合で振り回される子どもたちの姿に胸が痛みました。

良きパートナーシップを維持していくのは、誰にとっても困難なことです。心の通い合う子どもとの関係をつくっていくことも、生やさしいものではありません。ましてや、ステップ・ファミリーは、ある時点まで、別々の家族の歴史を持つメンバーの集まりですから、余分な混乱もあるでしよう。まだまだ理解の乏しい社会によって生み出される問題もたくさんあります。ステップに固有の問題を分かち合い、支え合い、社会に向けて、情報を発信していくことができるのは、SAJのようなグループしかないと、私は思っています。しかも、SAJは力のあるスタッフの集まりのようで、最初から、しっかりと、体系立てた活動を展開しており、感心しています。

昨年(2001年11月)大阪で行われたマージョリーさんの講演を聞きました。日米の法制度の違いなどについては、初めて学びましたが、家族援助の視点には、まったく共通するものを感じました。何より、大人も子どもも、どちらをも大切にするという姿勢がありました。フロアには、熱心なカップルが集い、積極的に発言や質問をし、新しく創っていく家族をどんなに大切に思っているかが伝わってきました。パートナーであれ、親子であれ、関係をつくり育てていくには、それ相応の時間とエネルギーが必要です。ここに集まっている人たちは、それを十分に理解している人たちなのだと感じました。

自ら、さまざまな課題を抱えながら、SAJという組織を立ち上げ、展開していくために力を注いでおられる春名さんはじめ、スタッフのみなさんには、頭が下がります。私は、心理学的な立場から、SAJの活動に助言したり、相談に乗るという役を引き受けさせてもらっています。当事者でない専門家が、セルフヘルプ・グループをどんなふうに支えられるかには、以前より、関心を持ってきました。専門家が仕切って、当事者の力を削いでしまったり、結果的に、邪魔したり、妨害したりすることも多かったように思うのです。ここでも、良いパートナーシップを模索していけたらと思っています。

私自身は、ステップ・ファミリーのおもしろさは、人間関係が「ご縁」で結ばれるところにあると思っています。たしかに、親同士は自分の意志ですが、それ以外のメンバーとは、まったくの「ご縁」で身内になるのです。本当は、どんな人間関係にも言えることですけど。私とSAJとの関わりも、不思議な「ご縁」から始まりました。そんな「ご縁」を大切にしていけたらと願っています。

※肩書きは2001年投稿当時のものです

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野沢 慎司氏

ステップファミリーをもっと知りたい知ってもらいたい

明治学院大学社会学部教授
野沢 慎司 先生



SAJが発足し、その活動が次第にマスメディアなどに紹介されるようになったことによって、少しずつステップファミリーが社会に認知されるようになってきました。しかし、それでも現代の日本社会においては、ステップファミリーについての情報も知識もまだまだ限られています。SAJが採用した「ステップファミリー」という言葉も、日本語のなかに充分に溶け込んだとは言えません。ステップファミリーは、社会的に見えにくい存在であり続け、その手に必要な情報や支援が届きにくい状況が続いています。

ステップファミリーが見えにくい存在であることは、家族研究の世界でも同様です。日本では、これまでステップファミリーの研究が大きく立ち後れていました。家族研究者の間でも、ステップファミリーがどのような家族であるかということは、最近までほとんど問題にされませんでした。言い換えれば、ステップファミリーに対して有効な支援やサービスを提供するための基盤となる知識や情報自体が存在しなかったのだから、家族を支援する立場にある様々な専門職や専門機関がそれを提供できなかったとしても不思議はありません。したがって、ステップファミリーについての調査研究が進むことは、社会のなかのステップファミリーをより見えやすい存在にし、様々な制度からの情報や支援を得やすい社会環境を作り出すという意味でも重要なことです。

「家族」というものは、社会環境の変化とともに、そのかたちも内実も変化するのがつねです。ひとつひとつのステップファミリーが経験する具体的な家族関係のパターンを理解するとともに、それが社会の大きな制度や仕組みとどのように関連しているかを視野に入れながら、共同研究者たちとともにステップファミリーの調査研究を進めています。その成果を社会に還元し、またステップファミリー研究の先進国・アメリカ合衆国など外国の研究成果を紹介することなどで、SAJおよび多くのステップファミリーのお役に立てればと願っています。

※肩書きは2001年投稿当時のものです

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マージョリー・エンゲル氏

日本のみなさんへ

SAA代表
マージョリー・エンゲル さん



ステップファミリーとは、夫婦のどちらかもしくは両者が、前の配偶者との間の子どもを伴って再婚することによってできた家族のことです。Stepfamily Association of America (通称SAA)は、ステップファミリーの人たちをはじめ、家族に関わるあらゆる職業に従事している人たち(社会〈福祉〉関係、心理学関係、教育関係、カウンセラー、医者、弁護士、宣教師など)に、ステップファミリーに関する情報(リサーチ、出版物等)、トレーニングプログラムなどを提供し、彼らをサポートしています。

現在の活動は、国内にとどまらず、アルジェリア、オーストラリア (オーストラリアカトリック大学)、カナダ、イギリス、ドイツ、イタリア (ローマ大学)、ニュージーランド(オークランド大学)、ウガンダなどにも広がっています。

各国によって、法律、社会環境に違いはあります。しかし、どの国のステップファミリーの方にも共通していることがあります。

1. あなたが感じていることは、いろいろな国のステップファミリーの人々が感じていることと共通しているということ。
2. ステップファミリーの生活が始まって最初の数年は、非常に混沌として大変なのは、ごく自然なことだということ。
3. 新しい家族を築いていく上でステップファミリーのための教育や支援があるということ。
4. ステップファミリーは、強く永続的な家族関係、絆を築いてゆくことができるということ


多くの教育者、カウンセラーが、通常の家族とステップファミリーの違いに気づいていないのが現状です。SAAには、多くのステップファミリーの人々から、自分たちのまわりの専門家に相談を持ちかけても、彼らがステップファミリーに対する適切な対処、援助の方法を知らないという意見が多く寄せられているのです。

ステップファミリーの人々が直面する問題は、もちろん普通の家族と共通する部分もあります。しかし、彼らはそれ以外のいろいろなステップファミリー特有の問題を同時に抱えているのです。

日本でも、ステップファミリーの人たちが新しい家族の中で絆を深めあっていけるよう、また“ステップファミリー"が社会的に理解されるような組織作りを、SAAとして援助、協力をしていきたいと思います。

SAA代表    
Margorie Engel

※肩書きは2001年投稿当時のものです

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ヴィッシャー夫妻

SAA設立者
ヴィッシャー夫妻




あなたは、私たちがなぜ、どのようにして「全米ステップファミリー協会 Stepfamily Association of America (通称SAA)」を設立・運営し始めたかと訊ねられましたね。そのご質問に答えるためには、私たちが結婚していた20年前に戻る必要があります。その頃、私たちふたりは、それ以前の結婚から4人ずつの子供を連れて再婚したのですが、自分たちの新しい家族がどのようになっていくのか、私たち自身、予想もつかない状態でした。今でこそ、アメリカではステップファミリーが直面 するであろう問題が理解され、また、それらにいかに対処すれば良いかのサポートとなる記事が掲載されている本や雑誌が多く出回っています。でも、私たちが結婚した1960年代には、その手の情報は皆無でした。

我々の子どもたちは、5才から15才までと年齢差も大きく、再婚当初は、多くの予期せぬ チャレンジが待ち受けていました。通常の結婚の場合、ふたりの大人がお互いの関係を深め合うことから始まります。しかし、子どもを伴った再婚は、それ以上の人間関係を一つの家族に迎え入れることとなるのです。当然家族関係は、より複雑となり、新しい家族のひとりひとりが、お互いを知り、居心地の良く暮らせるようになるまでには、単にふたりの関係より長い時間を必要とします。私たちは新しい家族において本当にたくさんのことを学ばなければなりませんでした。

この間、アメリカ社会における家族事情は大きく変化していきました。離婚率が上昇した結果 、再婚家庭も増え、多くのステップファミリーを生み出しました。私たちは、他のステップファミリーの人たちと交流を始め、彼らが日常でぶつかる困難とは何かを聞いたりもしました。また、彼らに役に立つことは何かを考え始めました。そして、すぐにわかったことは、同じような境遇にいる他の家族との交流と情報を得ることが大切だということでした。私たちとカリフォルニアにいたもう一組のステップファミリーが一緒になって、ステップファミリー事情に興味を持つ人たちのためのミーティングを始めました。そして、ゆっくりとですが、いくつかの家族がカリフォルニア州内の異なる町や市でミーティングを持つようになりました。ステップファミリーに生活する大人と子どもたちが解決してゆかなければならない状況を、相談を受けているカウンセラーたちに理解してもらうための本も書きました。この本は、カウンセラーや福祉に携わる人達だけでなく、多くのステップファミリーの人たちにも読まれました。その後、次第にアメリカ中に この活動が知られるようになり、全国的な組織を作ることを決めました。そして、1979年12月1日にSAAが誕生したのです!

SAAは、いろいろな市や町で小さなグループがミーティングを開き、お互いをサポートできるように援助してきました。そして毎年1回、100人から200人の人がアメリカ中から集う全米ステップファミリー会議を催しています。ステップファミリーの親や子どものための本が色々書かれるようになり、SAAがこれらの本が販売される中心的な場所となりました。(SAAは、過去もそして現在も資金が充分ではありません。そんなこともあり、SAAは、本の著者に働きかけ、彼らの本の何冊かを寄付してもらい、それらをSAAを通 して売って資金を作ることもしました。)そのような過程を経て、教育資源のプログラムをスタートさせたのです。何年もかけて、サポートとなる本が何冊も出版されるに従ってSAAプログラムも充実してきました。今では、ひとつのステップファミリーが話をするために他のステップファミリーを捜すこともできるようになり、また、教育資源プログラムを通 して価値ある情報を得ることもできます。SAAは今でも国内外のグループの設立をサポートたり、メディアとの連絡の相談にのったり、ステップファミリーの生活に関する重要な情報をステップファミリーに提供したりしています。また、全米会議に出席できないステップファミリーのために、SAAは年に2回、アメリカ合衆国の各地で行われる役員会議の際に、セラピストやカウンセラーのための研修プログラムを提供しています。

当初よりSAAには事務や指導にあたってくれる情熱的かつ献身的なボランティアのグループが存在します。彼らは普段より電話で連絡を取り合い、春と秋にはSAAの実行委員長と事務管理者とミーティングを開き、組織の運営や経営、そして将来の計画などについて討論を重ねて来ました。このような傑出したサポーターのグループが存在していることは、SAAにとってとても幸運なことでした。このボランティアグループによる委員会の運営方針がなければ、SAAは、ステップファミリーが、社会に貢献し、かつ社会の重要な一員として受け入れられるためのサポートができなかったでしょう。

あなたの手紙の中に、日本のステップファミリーに向けて、何かメッセージが欲しいともありましたね。私たちは喜んで、それをさせてもらいます。また、日本のステップファミリーに情報を提供することが大きく成功することを祈っています。私たちは自分の体験から、そして子供を持ちながら再婚した家族と出会い、彼らの失敗と成功を分かち合うことによって、多くのことを学んで来ました。

日本の皆さんへのメッセージとして、私たちが重要だと考えている7つの提案を皆さんと分かち合いたいと思います。

1. 通常の家族と同様に、ステップファミリーであっても、うまくやっている家庭やうまくやっていない家庭は存在します。また、ステップファミリーのカップルの多くが、他のステップファミリーをサポートするためには、情報と教育が大変重要な要素だと言っています。

2. 子どもを伴った再婚家庭の生活は、通常の結婚と比較して、より多くの人々が関与することになることから、関係がより複雑になり、家族が一段落するまでにもより多くの時間が必要となります。子どもが小さいとその時間は短くなりますが、それでも2?3年はかかることがあります。
多くのステップファミリーが、「最初の2年間はとても混乱しイライラすることが多い」と言います。忍耐を持ちましょう。常に家族のことばかりを考えているようにならないように、何か楽しむことを見つけましょう。そして、家族のひとりひとりに、変化と新しいバランスが生まれ、すべてが落ち着くまで、それぞれのペース、個人の時間を大切にしましょう。

3. 新しい家族のひとりひとりが新しい関係を作るまでには、時間と努力、それに加えて、面白いことや楽しいことを一緒に過ごしたという新たな歴史が必要です。共に楽しい一時を過ごした経験を持つまで、大人にも子どもにも、お互いを思いやる等ということを期待するのはやめましょう。

4. 人間関係は、二人きりでいる時により早く進展し、また、その関係が重要なものとして継続します。親は自分の子ども(実子)たちだけと過ごす時間が必要ですし、パートナーの子どもたちそれぞれが楽しむことを見つけ、彼らと特別な時間を共有するように心がけることも大切です。もちろん、自分たちパートナー同士の関係も大切にすることを忘れてはなりません。

5. それぞれが異なる家庭の体験と物事の進め方を持ち寄ることになるので、以前にしたことや、新しい状況の中で何を感じているかなどを、みんなで一緒に話し合うことがお互いを知る上で更に助けとなります。「新しい家族の中でも、以前と同じように続けたいものは何か」、また、新しいルールなどをみんなで見つけます。例えば、家庭内での必要な決めごと(家事の役割分担、宿題、習い事、テレビの時間)、食事(食べ物の好み、買い物、食事の用意、後片付け)、レクリエーション(お出かけ旅行)、お祝いごと(休日、誕生日)などです。
物事をどう行うかを決めて、それぞれが何を求めているかを知ることが、この新しいグループの一員である実感を持たせる助けとなります。以前からのものでこれからも行いたいものは すべて続け、新しい家族の中での新しいやり方もスタートさせましょう。

6. 親は双方の子どものしつけについては緩やかに変化させていく必要があります。子どもがとても幼くない限り、義理の親は本当の親をサポートし、新しい親の役割をゆっくりと始めて行く必要があります。子どものニーズに二人で一緒に向かって行けるよう、パートナー同士も良い夫婦としての関係をしっかりと作る必要があります。通常の結婚であれば、子どもが出来る前に、夫婦はお互いを思いやり、二人の関係を確固たるものにする時間があったでしょう。ステップファミリーでは、最初から子どもが存在するため、これがより困難になります。そして、子どもが安心感を持てるようになるためには、パートナー同士がお互いを思いやり、ともに直面していくことが必要です。どちらにせよ、将来、子どもは巣立って行き、あとに残るのは、パートナー同士の関係だけなのですから。

7. ほとんどの子どもは両親が好きです。ですから、離婚後に、両親がけんかを続けて子どもにどちらの味方をするかを選ばせるような関係より、協力関係にある方がどれだけ大きな助けとなることでしょう。協力関係は、本人にとっても助けとなります。なぜなら、常に心配や怒りを感じていることは、それだけでも気持ちのよいものではないからです。
話をする相手を見つけてください。参考となる資料があれば読んで下さい。「どうせどんな家庭でも様々な問題を持っているんだから」、そう考えてリラックスしましょう。そして、ステップファミリーが新しい環境に落ち着き居心地の良い関係になるには、通常何年もかかることを思い出してください。

それだけの価値はあります。ステップファミリーの生活はそれだけ報いのあるものなのです!

                        Emily & John Visher
                        (翻訳:関野直行)

※肩書きは2001年投稿当時のものです

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