〜SAJ〜 Stepfamily Association of Japan

子連れ再婚家族のための支援団体

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加藤 直一氏

NHK報道局ディレクター(当時)
加藤 直一 さん



アメリカの新たな家族・ステップファミリー
1999年、放映されたアメリカの映画「グットナイト・ムーン」。ジュリア・ロバーツ演じるキャリアウーマンのイザベルが二人の子供を持つ年上の恋人ルークと暮し始める。仕事と家事・育児の両立に努力するものの子供達はなついてくれず、ルークの先妻ジャッキーとは子育てを巡って対立。ジャッキーの病気の再発をきっかけに、二人の母の関係や親子関係は転機を迎え、ラストのクリスマスのシーンでは一人の父と二人の母、そして2人の子供が一枚の家族写真におさまるというストーリー。

この映画の元のタイトルは「STEPMOM」、アメリカで主流になりつつあるステップファミリーが抱える問題を見据えようとしたものでした。“見据えようとしたもの”という表現を敢えて使ったのは、この映画は最終的に問題の本質に踏み込むことを避けたように私には思えたからです。

その理由は、ステップマザーのイザベルと先妻ジャッキーの関係、イザベルと夫の連れ子たちの関係が改善されて行くきっかけを、先妻ジャッキーの病気の再発、死の予感においている点にあります。私が取材した限りですが、アメリカのステップファミリーの抱える問題の多くは、離婚によって子供と離れて暮すようになった親が健在で、しかもその親も子供も双方の繋がりを断ち切れない、断ち切らないことから生じているケースが実に多いからです。

想像して見てください。離婚した男と女がその後、それぞれに他の相手と再婚します。そして子供は定期的に離れて暮すようになった親を訪問します。その親が子供を連れた相手と再婚していれば、訪問した家庭には親が再婚した相手がいて、しかも血の繋がらない兄弟がいます。多くの場合離婚後子供を引き取るのは母親ですから、子供は定期的に父親の新たな家庭を訪問し、そこでステップマザーに会い、ステップチルドレンと交流することになります。子供は血の繋がった父親が実の母親以外の女性と仲良くしていたり、再婚相手の連れ子に愛情をかけているのを目の当たりにします。また、二つの家庭があれば、それぞれに習慣やしつけの仕方は異なります。一方の家では許されることが、もう一つの家庭では許されないこともあります。子供は使い分けを余儀なくされます。

一方、子供を迎える再婚家庭。母親はなんとか自分の連れ子が再婚した夫に馴染んで欲しいと努力を重ねています。夫は血の繋がらない子供との関係を築こうと頑張っています。しかし、夫にはその一方で、実の子供との関係も大切にしたいという思いがあります。実際に夫の実の子供がその家庭に入って来たらどうなるでしょう。母親は血の繋がらない子供にどう接触したら良いのか悩みます。自分の実の子供との関係も気がかりです。子供は、新たな父親や実の母親がその子にどう接するか見ていますし、兄弟としてどう関係を作れば良いのか戸惑います。さらにこうした子供も定期的に離れて暮す実の父親の家庭に通っているケースも少なくありません。再婚が一度だけならまだ良い方です。何度も再婚すればこうした関係は一層複雑になります。

ステップファミリーは「Blended Family」「Extended Family」とも呼ばれますが、それは男と女の離婚と再婚によってカップルの関係は壊れても、親子関係は壊さない(壊せない)ために、子供を中心に家族が無限に広がって行く新たな家族の形だからです。ひと昔前の再婚は、その前に存在していた家庭を「ないこと」にして新たな再婚家庭を作りました。その再婚家庭は継父や継母が血の繋がった父親や母親にとって代わるものでした。しかし、アメリカのステップファミリーの最前線は、そうではありません。前の家庭との関係は断ち切らないのです。何人もの父親や母親の間を行き来する子供、何人も子供を抱え関係を築こうと模索する親、アメリカのステップファミリーはこうしたネットワーク家族なのです。

夫婦の二組の一組が離婚し、その70%が3年以内に再婚するアメリカ。18歳以下の子供の実に40%はこうしたステップファミリーの中で暮していると言われています。さらに21世紀にはステップファミリーが家族の主流になると見られています。


ステップファミリーを支える「SAA」
サンフランシスコ。ゴールデン・ゲイト・ブリッジを車で渡ってさらに1時間、まばゆいばかりの日光が燦燦と降り注ぐ家で二人は暮しています。アメリカ・ステップファミリー協会の設立者、ジョーン・ビッシャーさんとエミリー・ビッシャーさん夫妻です。二人とも既に80歳を超えていますが、机を並べ今もステップファミリーに関する本の執筆などを精力的に手がけています。

ビッシャー夫妻がアメリカ・ステップファミリー協会(Stepfamily Association ofAmerica 通称SAA)を設立したのは1979年、上昇していた離婚率が50%に達した翌年のことでした。実は二人は1959年、互いに4人の子供を連れて再婚したステップファミリーの草分けでした。それから20年、子供が独立したのをきっかけにそれまでの経験が世の中のステップファミリーに役立てばと協会を設立、支援に乗り出したのです。現在SAAは全米60箇所以上の支部の他、カナダやオーストラリアなどの支部とも連携する、全米最大の組織になっています。

SAAはステップファミリーの何を支援しているのか。SAAの活動の狙いは主に二つあります。この二つはとりもなおさず、ステップファミリーが抱える問題そのものです。一つ目は、血の繋がらない親子、兄弟、姉妹が共に暮したり、定期的に家族の構成メンバーが入れ替わることから生じる様々な問題をどう解決するか、その糸口を探る活動です。

SAAでは各支部ごとにステップファミリー同士で互いにアドバイスをし合う支部ミーティングを最も大切にしています。週に一度、2週間に一度というように回数は支部によって異なりますが、ステップファミリーで暮す親同士がそれぞれの悩みを打ち明けたり、アドバイスをし合うミーティングです。自分の家族が抱える課題を他の家族と率直に語り合い自分達で解決策を見出して行くこの方法をSAAでは「セルフ・ヘルプ」と呼んでいます。  

ビッシャー夫妻の言葉です。「それぞれに家族構成や年齢、状況が異なるステップファミリーについて、全てを解決する画期的な処方箋はないのです。それぞれが施行錯誤を繰り返して行くより他に道はないのです。自分の家族に欠けている部分を知り自分達で解決の糸口を見つけ出してこそ、地に足のついた強い家族になれるのです。」  

しかし、実際に取材した支部のミーティングは、私にとっては、すさまじいものでした。40代の女性は「1歳から引きとって一緒に暮しているのに、今も私のことを母親として受け入れてくれない」と涙ながらに告白しました。30代の男性は「普段先妻の元で子供が暮しているが母親は家を空けて遊んでばかりいる、子供を引き取りたいが先妻はそれは拒否するどうしたら良いか」と苦境を打ち明けていました。さらに30代の女性は「一緒に暮す実の子供が先夫に新しいスニーカーを買ってもらい帰って来た、そのことで一緒に暮している子供同士が大喧嘩した、同じモノを買っても子供の怒りはおさまらないどうしたら…」と相談しました。

ステップファミリーがそれぞれに抱えている問題が、堰を切ったように噴出するミーティング、こうした親に対してビッシャー夫妻の言葉は一見冷たいたいように思え、改めてビッシャー夫妻に尋ねたところ、こういう答えが返ってきました。

「血の繋がった家庭でも問題は山ほどあります。血の繋がった家庭はそれを他人に見せないだけです。何も問題のない無菌状態の家庭はないのですが、平穏な家庭を装っているだけなのです。家族の絆は血が繋がっていることや、一緒に暮していることで結ばれるものではありません。家族の絆は親も子供も互いにぶつかり合いながら努力して育んで行くものではないでしょうか。夫婦と同じです。ステップファミリーは、血が繋がっていない分だけ、そのことの難しさに直面 しているだけなのです。」

SAAの活動、二つ目の柱は社会の偏見との闘いです。日本と同様にアメリカでも、「一度結婚した夫婦は生涯添い遂げるもので、離婚は悪いことだ」という常識が根強く残っています。ビッシャー夫妻が離婚し、再婚した時期は正にその考え方が最も強い時期でした。二人は「あの家は再婚家庭よ、子供達はみな連れ子よ」といった陰口を何度も耳にしたといいます。また、再婚家族の親や子供自身が後ろめたい思いを持ち、自分の新しい家族を否定的に捉えているケースも多かったといいます。こうした風潮は今も決してなくなったわけではありません。

「初婚のまま生涯を終えられれば、それにこしたことはないのかも知れません。ですが、そういかない場合もあります。そうした時に、社会から偏見の目で見られ、また自分たち自身も後ろめたい思いを抱き続けなければいけないというのは間違っているのではないでしょうか。」ビッシャー夫妻は、こう語ってくれました。SAAは、私たちがいつのまにか当たり前だとイメージしてしまっている「理想的な家族像」から解放されることを願って、社会への働きかけを活動の大きな柱の一つにしているわけです。  

1999年、全米50州のうち、多くの州が9月16日を「全米ステップファミリー・デイ」と定めました。SAAではこの日を記念して、各支部ごとにステップファミリー同士が集まり、ピクニックなどのイベントを行っています。ステップファミリーの存在は新たな家族の形として、アメリカ社会に少しずつ受け入れられはじめています。1999年は、SAAが設立して20年目、ビッシャー夫妻が再婚して40年目に当たります。


日本の家族・その特徴と変遷
20世紀、家族の形は大きく変容してきました。それは産業構造の変化や個人の欲望の実現と大きく関係しています。農業が主体だった時代、祖父や祖母、兄弟の家族まで一緒に暮すケースが少なくありませんでした。働き手も必要でしたから子供も多く生みました。しかし、こうした大家族は戦後急速に減り、変わって核家族が家族の主流になります。夫はサラリーマンとして家から離れた会社に出勤、妻は家で家事と育児に専念する専業主婦になりました。「誰のおかげで飯が食えると思っているんだ…」父親は事あるごとにそう言い、威厳を誇示しました。妻は子供が出きると同時に女性ではなく母親になりました。美しくて優しい、料理が上手でいつも清潔、家事や育児の全て担い家庭を切り盛りする理想の母親。アメリカから世界の先進国を中心に広がって行ったこの新しい家族の形は、戦後の復興を急いでいた日本でも急速に広がっていきました。  

日本でも放送された「パパは何でも知っている」や「ビーバーちゃん」「大草原の小さな家」…といったアメリカのホームドラマを思い出してください。今日私たちが自然にイメージする家族像はこうしたドラマで描かれた核家族の姿と、そうは違わないと思います。核家族の特徴は、夫や妻、父親や母親の役割、社会学の言葉で言いますと性役割分業が固定化した家族です。この核家族の形が理想とされ、いわば神話のように人々の間に急速に広がっていったのです。この核家族が日本の高度経済成長を牽引させたという事実は否定できません。サラリーマンの家庭にとって多くの子供は必要ありません。2~3人いれば十分でした。夫の給料はその分、消費に使われるようになります。新しい冷蔵庫、テレビ、車、家族旅行、子供の教育費…、内需は拡大の一途を辿り、日本は豊かさへの道を突き進んで行きました。

「核家族は実は大きな問題を内包しているのではないか…」。そのことがはじめて注目されるようになったのは、1970年代の末でした。金属バット事件など家庭内暴力や校内暴力の事件が堰を切ったように起きました。ゴールデンタイムのホームドラマでも“家族の崩壊”が取り上げられて行きます。1979年に放映された「岸辺のアルバム」は幸せに見える家族の夫婦や親子の間にきしみが生じていることを問いかけた作品でした。1983年の「積み木くずし」は俳優の穂積隆信氏の体験を元に家族崩壊のひとつの断面を捉えたドラマでした。それからほぼ20年、繰り返し家族の異変は取り上げられました。しかし、一般的には家族はプライベートな領域とされ、家族の変化や抱える問題を他人に話すことは恥、一種のタブーでした。夫は働き蜂として会社に尽くし、妻は母親として一手にその問題を引き受け続けました。「家だけは大丈夫…」戦後広がった“家族の神話”を問い直し、自らの家族を積極的に作って行こうという試みは、それぞれの家庭のレベルまでは広がりませんでした。    

しかし、家族は実際には60年代半ばから急速に変化を続けていました。最も大きなきっかけは、女性の意識改革、社会進出です。戦後生れた子供達は、兄弟が2~3人だった分、十分な教育を受けられる機会を得ました。男女平等の教育を受け、男性に限らず女性の大学進学率も急増し、社会で働き手として活躍する機会も徐々にではありますが、増えて行きました。核家族は性役割分業が固定化した家族です。母親が働きに出るとその骨格が崩れます。共働きの妻は多くが、「同じように働いているのに帰宅後も家事や育児をするのは何故私だけなの…」と疑問を抱きながらも懸命に仕事と家庭の両立を心がけています。しかし、その一方で「こんな男とは離婚した方が良い…」という決断をする女性も増えて行きました。性役割分業が固定化した家族神話から逃れられない夫・父親、みるみるうちに意識を変え社会進出をして行く妻・母親、その意識のズレが離婚の急増という結果を生み出して行った言われています。60年代から増えはじめた日本の離婚率は80年代後半のバブルの時期一旦減少しますが、その後90年代に入って再び急増しました。1999年の日本の離婚件数は過去最高の25万538組。結婚20年以上、子供の独立をきっかけに妻が夫に“三行半”をつきつけることの多いいわゆる「熟年離婚」に加え、結婚5年未満で幼児を抱えながら離婚するケースも目だって増えています。

高視聴率を誇るドラマ「渡る世間は鬼ばかり」はこうした日本の家族の変化を見事に映し出しています。5人の姉妹を中心に枝葉のように様々な家族の形やその課題を描くこのドラマでも離婚や再婚、血の繋がらない子供を抱えるステップファミリーが取り上げられるようになりました。結婚しない若者の急増(晩婚化)、それに伴う少子化が叫ばれる一方で、これまで余り取り上げられることがなかった再婚家族という新たな家族の形が確実に日本でも増え続けているのです。


父親が新たな家族をひらく
2000年9月、インターネットを通じて出会った3人の父親が作ったホームページ「ファーザーズ・サイト」。アクセス件数は1日数百件に上ると言います。寄せられるメールも少なくありません。他人に打ち明けられずに一人で悩んでいた全国の父親が、それぞれの気持ちを率直に語り合い始めたのです。「元妻が子供達を連れて出て行って一年になりますが、今も子供がそばにいるような気がして昔の楽しかった思い出が浮かんでは消えという毎日です」「元の配偶者が再婚してから子供と会わせてもらえなくなってしましました。お父さんが死んだことにするのは子供のためでしょうか」(寄せられたメールより)

離婚後の共同親権が明文化されているアメリカと違って、日本の民法では夫婦共同で親権を持てるのは結婚中に限られます。離婚後は一方に決めなければなりません。アメリカでは離婚の条件は裁判で細かく取り決められますが、協議離婚が殆どの日本では養育費の支払い義務や面接権について明確に取り決めないのが一般的です。日本の裁判所は、「幼児は母親に育てられる方が良い」という“母親神話”や“3歳児神話”を根拠に90%の割合で親権を母親に認めると言います。この結果、1年に15万人の子供が親の離婚後、父親との接触を断たれているという現実があるそうです。

離婚しても実の子供の父親であり続けたい…。3人の父親がホームページを作ったのはその思いからでした。仕事を理由に家庭を省みなくなりがちな日本の父親たちが、今離婚をきっかけに家族や親子のあり方を問い直し始めたのです。「ファーザーズ・サイト」では養育費の支払いと別れた親が確実に子供に会う事が出きる面接権を「共同養育権」として法律に明記するよう呼びかけています。

日本で父親たちによるこうした動きが始まったのは、私の知る限りですが、この秋です。SAJ(Stepfamily association of Japan)が創設されることになった時期とほぼ同じです。家族神話や家父長制が根強く残り、“恥”、一種のタブーとされて、これまで余り語られることのなかった離婚や再婚家族の問題がインターネットの普及によって表面に出てきたのだと思います。

父親―企業戦士、母親―専業主婦という戦後普及した男と女の役割は父親にとっても満足できないものだったということではないでしょうか。そして、こうした父親たちの意識の変化は、日本の新たな家族を切り開こうとしています。女性の意識の変化、社会進出などをきっかけにして核家族の形は揺れ始め、離婚が急増しました。離婚が珍しくないものになろうとしている今、遅れ馳せながら父親が家族に回帰しようとしているのです。「実は仕事そのものへの情熱以上に企業社会のしがらみや社会的な役割に拘り過ぎていたのではないか…」父親たちは、家族を離れて企業社会に尽くしてきた自らの生き方に疑問を抱き、家族の大切さを本心から認識し始めているようです。不景気が続き政治や経済、会社組織を含めたあらゆる構造の再編が望まれる中、家族の構造改革が始まったと言っても過言ではないと思います。

「家族の絆は血が繋がっているから当然そこにあるものではなく、それぞれが育もうと努力を続けていかなくては築けないものだ…」離婚を経験し子供と離れて暮す父親や、ステップファミリーを作った父親たちはいち早くそのことに気づいたのではないでしょうか。この父親たちの意識の変化は今後、全ての男・父親に広がって行くものだと思います。

日本の男・父親の意識改革が男・父親のみならず家族や女・母親を解放し、女・母親のさらなる意識改革が女・母親ばかりでなく企業社会や男・父親までも解放する。21世紀、閉塞した企業社会を変えるのは女・母親、そして行き詰まった家族を変えるのは男・父親ではないでしょうか。

理由は様々ですが離婚が確実に増え、ステップファミリーが急速に広がり始めている日本。この現実は善し悪しの問題ではなく、20世紀末の日本に訪れた“時代のうねり”と解釈すべきだと私は思います。家族が単位だった時代から個が単位となる時代へ。「子供のために夫婦は憎み合い続けても離婚しない方が良い」という価値観は日本でももはや過去のものなろうとしているのです。

そしてこの抗し難い時代のうねりが今、日本の男と女に意識の改革を促しています。アメリカで1979年、ステップファミリーアソシエーションを創設したビッシャー夫妻の言葉、日本の男・父親と女・母親がその意味を自分自身に問い掛ける時期なのかも知れません。「家族の絆は親も子供も互いにぶつかり合いながら努力して育んで行くものではないでしょうか。夫婦と同じです。ステップファミリーは、血が繋がっていない分だけ、そのことの難しさに直面しているだけなのです」

※肩書きは2001年投稿当時のものです

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